理事長の部屋:生産者と消費者の適正価格に格差-格差を埋める政策は、直接支払い
(一財)農政調査委員会理事長 吉田俊幸
1.はじめに
令和の米騒動は、米・水田農業政策について二つの課題と論点を提起した。第一に、令和米騒動の最大の要因は、多くの論者が指摘するように「主食用米の価格下落を避けるための余裕のない生産計画、生産調整」にあった。そこで、「生産調整」から「輸出を含む需要に応じた増産とセーフティネットの構築」への転換が提起された。しかし、政権交代にともない「需要に応じた生産」つまり「従来までの生産調整の継続」に再転換した。現在も、米・水田農業政策の在り方が問われているのである。
第二に、令和の米騒動での米価高騰を通じて、生産者にとっての再生産を保障する米価水準と消費者の家計にとって適正な米価水準は同じではなく、格差があることを示した。両者の格差を埋める政策、支援策とは何か。が課題となった。その一つの方策は、セーフティネットに連動する所得補償、直接支払いである。
本稿では、第一に生産者の再生産保障価格と消費者の家計安定価格との格差があることを各種のデータ、アンケートから明らかにする。そして、この両者の格差を埋める政策、財政負担の在り方を検討する。
第二に、米の再生産と持続性を保証するには、価格を通じた所得補償の必要性について検討する。生産者と消費者の適正価格差を埋める所得補償は、「需要に応じた生産」から、輸出を含む需要に応じた増産への転換と生産者が安心して増産できるためのセーフティネット(収入保険の充実、所得補償)の構築につながることを明らかにする。
2.生産者と消費者にとっての適正価格水準-生産者3,000円台、消費者2,000円台
全国の地方紙等19社のアンケート調査(令和7年5月)によると、「消費者の立場から」回答者(約4,900人)のうち、「2,000~2,500円未満」が27%と最多であり、「2,500~3,000円未満」が23%であり2,000円台が50%を占めていた。
「2,000円~2,500円未満」を回答の理由は、「ちょっと安過ぎかもしれないが、家計に無理がない価格」(長野県・会社員女性40代)、「高騰する前と同じくらいだと助かる」(栃木県・派遣社員女性40代)と経済的な理由を挙げる声が目立った(日本農業新聞)。
図1 適正と思う米(5kg)の価格は
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(出典:日本農業新聞より引用)
「生産者の立場から」の回答者(約500人)のうち、「3,000~4,000円未満」が23%で最も多く、次いで「3,000~3,500円」が21%であり、3,000円台が44%を占めていた。
「3,500~4,000円」を回答した理由は、「中規模の米農家が再生産するために必要な価格」(熊本県・農家男性60代)、「水稲農家の生産費から」(兵庫県・農家男性60代)である。
両者の価格差が生じたのは、消費者視点は「家計の安定」であり、生産者視点は「再生産」であるためである。
(注:アンケートに参加した19紙 北海道新聞、東奥日報、河北新報、下野新聞、上毛新聞、東京新聞、神奈川新聞、新潟日報、北日本新聞、北陸中日新聞、福井新聞、信濃毎日新聞、中日新聞東海本社、京都新聞、中国新聞、西日本新聞、宮崎日日新聞、琉球新報、日本農業新聞
アンケートは5月9~23日の間、各紙がLINEなどを通じて募集。7,110人が回答した。内訳は消費者6,346人、農業関係者はコメ生産者501人、コメ生産者以外が263人。)
このアンケート結果と同じ傾向が各種調査からも裏付けられる。スミセイ「わが家の台所事情アンケート」2025によると、「あなたが適正だと思う5kgの家庭用米(備蓄米を除く)の価格」をみると、2,000円以下が34.0%、2,500~3,000円が28.1%、3,000~3,500円が16.7%であり、平均は2,709円である。
また、生産者の適正価格についても集落営農に関する調査(日本農業新聞・11月調査)では2.4~2.6万円/60㎏が26.5%と最高であり、2.2~2.8万円が全体の51%を占めている。また、JAえちご上越の104の経営体調査では、平均コストが17,000~18,000円である。このコストのもとでは、高齢化が進展し後継者問題が浮上していること、農業機械の更新等の投資資金が不足している。以上の状況を踏まえ、稲作生産の再生産と持続性を確保し、後継者が就農を確保、経営継承を保障するための産地価格は22,000~23,000円と提起している。
表1 集落営農の適正な米価水準
米価水準 割合(%) 1~1.5万円 4.1 1.5~2万円 4.1 2~2.2万円 10.2 2.2~2.4万円 12.2 2.4~2.6万円 26.5 2.6~2.8万円 12.2 2.8~3.0万円 14.3 3.0~3.2万円 6.1 (出典:日本農業新聞の調査データより作成)
表2 JAえちご上越が算出したコメ生産費(60kg当たり、単位:円)
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(出典:新潟日報より引用)
3.生産者と消費者の適正価格差を埋める方策は?
以上のように、生産者と消費者の適正価格水準に乖離があることが、米騒動で浮上した。令和の米騒動での価格水準の5kg4,000円台は、生産者が求める3,000円台よりも高く、生産者にメリットがある水準であり、令和7年産の主食用米の作付面積や生産実績は生産目安を上回った。また、生産者の生産意向調査(農林水産省 令和7年10月8,095名(うち個人6,845、法人1,250;うち 平場:5,104、中山間:2,991))によると、「34%が令和7年産主食用米作付を増加、29%が令和8年産作付拡大の意向」をもっている。
一方、5kg4,000円台は消費者が適正価格と考える2,000円台と比べ1.5~2倍も高い水準であり、米消費量の減少や買い控えが生じた。価格高騰により、令和7年には1人1カ月当たり精米消費量が大幅に減少しており、米の購入頻度が減少した家庭が34%、約半分がその頻度を維持するとしている。また、6カ月後の11月の日生協調査では、さらに、16.9%が購入頻度を減少させている。米消費の減少が進展したが、今後もその傾向が定着する可能性が強い。
ところで、消費者が適正価格と考える小売価格が5kg2,000円台の例は、総務省小売物価統計によると、令和5年のコシヒカリが2,323円、その他が2,203円である。日本農業新聞(1月27日)によると、「令和5年産の相対取引価格が60㎏当たり15,315円、実際の農家販売価格は13,500円前後が目安となる。令和5年産米の平均生産コスト15,944円であり、生産コスト割れとなる」。なお、規模別にみると、販売価格は5~10haのコスト13,542円とほぼ同じ水準であり、10ha以上のコストを上回っている。しかし、高齢化が進展しており、後継者を確保するだけの所得や機械更新等の投資を安定的に実現する水準ではない(前記上越農協の指摘)。「コスト割れ」と米生産者の持続性を維持する課題をどう解決すべきかが、正念場を迎えている。
とはいえ、生産者の希望する価格水準である60㎏当たり25,000円前後、消費者価格の5kg3,000円台になると、消費者にとっての適正価格より高い水準である。小売価格が3,000円台となったのは、令和6年の9月~11月であるが、この時期は米不足と価格高騰でパニックになった時期である。
表3 内閣府消費動向調査 米小売価格
スミセイ「わが家の台所事情アンケート」2025によると、「令和の米騒動」で「米の購入を控えたことがある人」が26.4%、「売り切れで買えなかったことがある人」が23.9%であり、約半数が米の購入を減少させている。全国地方紙18社と日本農業新聞の合同アンケート(令和7年6月調査)によると、消費者は「食べる頻度が減った」が34%、「変わらない」が66%である。また、日本農業新聞は、その頻度の減少が習慣化し、米消費減少加速化する」と指摘した。
さらに、わが国のエンゲル係数は30%に達したといわれており、この間の物価上昇によりさらに高まっている。前記「台所事情アンケート」によると、「物価上昇の影響を受けている家庭の75.6%」が「家計を切り詰めている」。「削減・節約に取り組んでいる費目」は、トップが「食費」で49.2%である。
以上のように、生産者と消費者との適正価格との格差を埋める方策は何か。前記19社の合同アンケートでは、「将来にわたってコメを作り続けられるように国が所得を支援する政策は必要か」の質問に対して、生産者も消費者も90%が必要と回答した。
4.生産者も消費団体も価格上昇よりも所得補償
(1)生産者も所得補償を求める
さて、令和の米騒動での価格上昇により、生産者は再生産を可能にする所得確保を実現したが、それは、消費者負担によるものである。しかし、日本の消費者の現状では、この消費者負担により米消費減、輸入米のシフトが生じた。
したがって、両者の格差を埋めるには、アンケートで指摘された政策、財政負担による所得補償が必要である。コスト割れの部分を生産者負担によって生産者の手取りを確保し、米の価格を消費者の適正価格に抑制する。所得補償により生産者と消費者の適正価格の格差を埋めることで双方にメリットが生じる。同時に、所得補償により大規模経営だけではなく小規模経営を含めた地域農業・水田農業の存続につながるとともに大規模経営、優良産地にもメリットが生じる。
生産者も所得補償を求める意見が高まっている。日本農業新聞モニター調査(11月20日)より、政府が最も力をいれるべき政策をみると、第一位「所得補償の新設」23.8%、「需給見通しの精度向上」20.8%、「価格補償の新設」13.7%「中山間地域支払いの拡充」9.4%「水田集約の支援」6.3%となっている。
さらに、集落営農に関する調査(日本農業新聞2025年12月)でも、「適正な農産物価格形成」57.1%とともに「生産費を補う所得政策」(46.9%)が二分している。
表4 地域農業の担い手が発展していくため優先すべき政策(%)
適正な農産物価格の形成 57.1 生産費を補う所得政策 46.9 ならし、収入保険の拡充 10.2 中山間地等の日本型直接支払いの拡充 16.3 飼料用米等の助成額の維持・継続 18.4 輸出拡大 4.1 農畜産物の需要拡大 14.3 資材価格の引き下げ 49.0 (出典:日本農業新聞モニター調査結果(12月)より作成)
(2)消費者、生協も農家の再生産価格と消費者の購入できる価格との両立を
一方、消費者や消費者団体は、農家の再生産価格と消費者の購入できる価格との両立を求めている。
消団連の提言(2025年9月)では「米の増産に踏み切ることを表明しました。従来の生産抑制政策を再評価し、食料安全保障を強化するため、新たな基本計画の重点に沿って確実な米の増産と国内生産力拡大が求められています。農家が安心して農業を継続できるための農産物価格と、消費者が購入しやすい価格の両立は、持続可能性と食の安定供給のために不可欠です」と述べている。
日本生協連も「国内農業生産の強化の便益は社会全体に及ぶものであり、そのコストは価格転嫁によって消費者のみが負担するのではなく、財政支出によって社会全体で広く分担すべき直接支払い等を通じて、国内農業生産の強化や再生産への配慮」が必要と提言している。(2024年日本生協連、基本法での申し入れ)
以上のように、消費者団体、日生協は、農業の再生産と持続可能性を確保するには、そのコストを価格転嫁するのではなく、直接支払い等の財政負担が必要なことを提言している。
(3)生産者よし、消費者よし、日本よしの最善な方法は直接支払、所得補償
生産者、消費者、生協だけではなく、研究者も直接支払、所得補償の提言を行っている。鈴木宣弘氏(東京大学特任教授)は「60㎏当たり2~2.5万円の生産者米価と、消費者が払える米価とのギャップを埋めるのが政策、政治の役割」として具体的な直接支払政策を提言している。また、作山巧氏(明治大学)は「解決策は、転作を廃止し、価格低下に伴う生産者の損失を直接支払いで補塡すること。(直接支払いによって)コメ消費量の多い低所得者には朗報┄生産者も直接支払いがあれば価格下落のリスクがなくなる。つまり、現在の生産者と消費者の対立という構図は解消される」、「少なくとも国内措置については、保護政策を欧米のような納税者負担に転換すれば、消費者と生産者が共存共栄できる」と指摘している。
さらに、滋賀県JAグリーン近江の組合長も「三方よし」の最適な方法は直接支払いと提案している。具体的には「生産者側の適正な価格転嫁の願い、消費者の価格安定の願い、運送業者、流通業者等の願いのいわゆる三方よし(生産者よし、消費者よし、業者よし)(生産者よし、消費者よし、日本よし)の世界でなくてはならない。つまり三者の相互理解が不可欠である。┄三方よしの最適な方法として米についても生産者への直接支払なり所得補償を提案する。それは、以前の食管制度と違って価格や数量を管理するのではなく、価格は市場に任せつつ、生産者には直接支払いや所得補償を創設し、生産費+利益に満たない部分を補填することで、┄自給向上が目指せ、消費者も安心できて、また生産者も安心できる仕組みになるのではないか。もちろんこのことについても消費者(国民)の理解が必要であることは言うまでもない」。
以上のように、米騒動が浮き彫りにした生産者と消費者との適正価格差を埋めるには、直接支払い(所得補償)により、流通業者を含めた三方よしのシステム構築が必要なことは、生産者、消費者、研究者等の共通認識となっている。同時に、直接支払いシステムは生産調整(転作)の廃止による「需要に応じた増産」に転換することを意味する。というのは、転作を廃止すれば、価格が低下するが、生産者の損失を直接支払いが補填でき、価格低下により、米輸出や新たな需要が生まれるからである。
(参考)上記2にも示したように、全国19紙の合同アンケート結果によるコメ5㎏の適正価格をみると消費者は2,000円台、生産者は3,000円台の回答が多かった。この1,000円の差額を補填すれば転作を見直し増産できる」(拙稿、北日本新聞・2026年1月13日付より)

