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のびゆく農業:No.1066:西暦2030年へ向けた世界の燃料用エタノール需要

・西暦2030年へ向けた世界の燃料用エタノール需要


■発行:2025年3月31日

■解題・翻訳:三石 誠司(宮城大学)

■ページ数:75p.

■在庫:あり

■目次:

解題
西暦2030年へ向けた世界の燃料用エタノール需要
 イントロダクション
 燃料用エタノールの国際市場
 次の10年:バイオ燃料政策と消費シナリオ
 非燃料用エタノール
 結論
 附属表(Appendix)
 参考文献

 

■解題より:

 本稿は、米国農務省経済調査局のSteven Ramsey他による“Global Demand for Fuel Ethanol Through 2030 [1]を訳出したものである。原文はSpecial Outlook Report Number BIO-05として、2023年2月に公表されている。

 公表後、内容を見た段階で今後の日本農業の展開方向に影響を与える要因のひとつとして有益であると思い、「のびゆく農業」の一冊に加えることを提案した次第である。

 さて、いきなりだが、燃料用エタノールをめぐる動向について、日本と日本人はまだ米国と世界の大きな動きに余りにも疎すぎると言えば言い過ぎであろうか。国家全体から見れば、貿易赤字の解消を最大課題のひとつとする米国は、農業が外貨を稼ぐための主要な産業部門のひとつである以上、あらゆる機会をとらえて徹底的に活用してくることが見込まれる。かなり粗い言い方になるが、近年の米国は、従来トウモロコシで稼いでいた外貨の一部をエタノールに切り替えようとしている可能性が高い。ただし、貿易である以上、米国だけでは難しい。複数の相手国が様々な理由を携え一定の協力をしてくれて初めて可能になる。エタノールの輸出拡大は、実現すれば相手国だけでなく米国がかなりの優位性を得られる、視野と射程の広い大きな戦略でもある。

 こうした視点からエタノールを見ると、米国の意図はそれなりに理解しやすいが、これを慣れ親しんだ農業という枠組みに落とし込んでしまうと、本来見えるはずの意図や戦略が見えてこない。簡単に言えば、長期にわたり圧倒的な競争力を誇った戦略商品としてのトウモロコシの競争力が微妙になり、さらに新たな優位性を持つ競争相手が台頭してきたときにどうするかである。これはもはやその規模の面からも、そして関連する産業の広がりという面からも農業部門だけでは対応できない。

 国家としていかに長期的に競争優位を持続させるか、この点を至上命題として、米国はその軸足を原材料としてのトウモロコシ輸出から付加価値製品としてのエタノールにシフトする動きを本格化してきたのであろう。

 もちろん、この背景には米国の国内外における課題が存在したことは間違いない。例えば、2000年代前半の米国では、対外的にはイラク戦争(2003年開始、完全撤退時期は2011年)があり、中東への原油依存をどこまでにするかは大きな議論の的であった。

 また、国内的には環境問題に対する国民の意識が高まる中で、MTBE(メチル・ターシャル・ブチル・エーテル、詳細は本文)による地下水汚染が大きな関心を集め、本報告書でも述べられているように、燃料中のMTBE使用を事実上廃止に追い込んでいる。農業分野では、着実にトウモロコシの生産量は増加していたが、国内飼料需要は頭打ちとなり、一歩間違えば過剰在庫による価格低下や国際市場での安値競争の懸念などと背中合わせの状況が継続したのである。

 トウモロコシからのバイオ燃料(エタノール)の生産は、こうした状況の中でいわば必要に迫られて生まれてきたのであり、その政策的基盤が2005年エネルギー政策法ということになる。ここで再生燃料基準(RFS:Renewable Fuels Standard)を定め、使用を義務化し、税制上の特典を用意し、米国は産業構造の転換に大きな舵を切ったのである。

 その後20年を経た現在、政権は共和党ブッシュ、民主党オバマ、共和党トランプ、民主党バイデン、そして共和党トランプと目まぐるしく変化したが、トウモロコシをめぐる産業構造は1996年農業法と2005年エネルギー政策法が意図したとおりに着実に進展・変化している。その意味ではこの種の問題は政権がどうなろうと余り変化はない。つまり、コーポレート・アメリカとしての長期的な戦略と動きは望遠レンズを用いて俯瞰しなければ本質を見誤るという点も重要なポイントである。

 そのレンズを農業部門に戻してみたい。20年前の2004/5年の米国産トウモロコシの生産量は118億ブッシェル、うち国内飼料用需要は60億ブッシェルで、食品・種子・工業用需要は28億ブッシェル、その中で燃料用エタノール用は14億ブッシェルにすぎなかった。これが2024/25になると、生産量149億ブッシェル、国内飼料用需要58億ブッシェル、食品・種子・工業用需要は69億ブッシェルで、国内飼料用需要はほぼ変わらないが、燃料用エタノール用は55億ブッシェルである。これだけを見ても、食品・種子・工業用需要が倍以上になり、燃料用エタノール需要が4倍程度に増えていることがわかる。ちなみに、これ以前も以後も、長期的に見ればトウモロコシの輸出も在庫も絶対量の水準ではほぼ変化していない。

 米国は大量に生産されたトウモロコシから大量のエタノールを製造できるだけの製造設備を20年かけて整えてきた。しかしながら、今後の経済成長や自動車の燃費の向上、さらに電気自動車やハイブリッド車の台頭により、エタノールをその中に含む自動車用ガソリンの需要そのものが減少する可能性も予測されている。そうなると、政策的な使用インセンティブを実施するだけでなく、混合率を高めることやジェット燃料など他の用途の拡大を目指すことになる。これらを踏まえた上でも2030年の米国では22億ガロンから35億ガロン程度のエタノールが輸出可能な状態にあると見込まれている。この点がこの報告書が指摘するもうひとつの重要なポイントである。

 米国から見れば、かつては余剰農産物を売却するために、輸入国側に飼料需要が必要になる畜産業の発展を促した。それは穀物輸入国である日本にとっても国内の畜産振興のために好むべき方策であった。同じ構図をエタノールで考えて見れば、これから世界各国に何が起こるか、あるいは何を期待しているのかが何となくわかるのではないだろうか。

* *

 さて、以上をもとに報告書を見ると非常に興味深い。全体の構成は、最初に米国の燃料用エタノール市場の概要と今後の見通しが簡単に説明されている。次に、燃料用エタノールの国際市場について、米国のエタノールの輸出入という観点から数字をベースとした紹介がなされ、さらに世界の概観を述べている。

 こちらは、COVID-19パンデミック以前の世界の自動車用ガソリンの消費量とともに、燃料用エタノールの消費量と国際貿易を踏まえ、今後の見通しを検討している。やや煩雑になるが、2018年以降と2021年以降という形でCOVID-19の影響の有無を分けた形での分析が行われている。

 ここまでは数字に基づく比較的簡単な分析だが、本報告書のユニークな点は、2030年までの世界の燃料用エタノールの消費について、2つのシナリオに基づいて予測を出している点である。2つのシナリオとは、HB(Historical Blends)シナリオとTB(Targeted Blends)シナリオである。前者は各国の過去の燃料用エタノールの消費量に基づいたシナリオであり、後者は各国の政策目標を踏まえたシナリオである。

 詳細は本文を読んで頂きたいが、2021年に130億ガロンであった米国以外の燃料用エタノールの消費量は2030年にはHBシナリオでは139億ガロン、TBシナリオでは150億ガロンにまで拡大見込みとされている。現実にはこの範囲と理解しておいて良いであろう。

 仮に今後、米国がエタノールの輸出を拡大する場合、有望な市場はどこか。それは自動車用ガソリンの消費量と、燃料用エタノールの消費量のいずれもが増加しそうな国であることは間違いない。報告書では、HBシナリオの場合、ブラジル、中国、インド、タイの4カ国としている。一方、TBシナリオにおいては、さまざまな可能性があるものの、2030年の燃料用エタノールの4大消費国はブラジル、中国、カナダ、インドと見られている。

 日本はこの点については地位が低下している。ただし、日本と日本農業にとっては、こうした動きをそれなりに上手く活用する手段がない訳ではない。仮に日本で使われている自動車用ガソリンにエタノールを添加する場合、そのエタノールを国産にするか輸入品にするかという判断が求められる。全量は無理でも国内で一定のエタノールを生産可能な物理的制度的な仕組み、そして国産エタノールがある場合にはそれを優先する仕組みを早急に準備しておけば、それなりの対応が出来るであろう。

 筆者は、将来的にエタノールのガソリン添加が実現するのであれば、全量を輸入するのではなく、国内の水田、とくに休耕田や耕作放棄地を用いて比較的グレードの低い、安価なコメを工業用として作っておくことも一案ではないかと考えている。国土の保全だけでなく、万が一の時の食料にも備えてという感度である。

 ただし、そのためには生産したコメの出口がしっかりと用意されていることが前提である。20年前の米国中西部で多数設立されたエタノール・プラントの盛衰を貴重な教訓として活用した上で、日本に適した方策を構築すれば良い。ブラジルや中国のような大量使用を前提とした国と異なり、日本の場合、国内農業をいかに残すかという点からも、四半世紀前のバイオエタノール・ブームの時とは異なる観点から一度検討してみたらよいのではないだろうかと考えている。

* * *

 翻訳においては、できるだけ原文に忠実になるように実施したが、一部で意訳を施した箇所もある。誤訳については全て訳者の責任である。また、本報告書は、本文の他に世界30カ国におよぶ米国から見た各国の燃料用エタノールの今後の見通しに関する附属表が付いている。ただし、頁数の関係で附属表の翻訳は中国と日本のみを添付したことをお許し願いたい。その他各国にご関心ある方は先に記したアドレスで原文の報告書を参照して頂ければ幸いである。

 最後になるが、本書の翻訳においては一般財団法人農政調査委員会の吉田俊幸理事長に深く感謝の意を表すとともに、複数回にわたる校正と修正に迅速に対応して頂いた、竹井京子、古田恒平、鷹取泰子の各氏にもこの場を借りてお礼を申し上げたい。

[1] 原文は以下のアドレスで参照できる。https://www.ers.usda.gov/publications/pub-details?pubid=105761(2025年2月25日確認)

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