「意見ひろば」:発展する農業法人に思う
2 経営哲学―消費者に寄り添った経営、企業の社会的責務の自覚―
A法人の経営について先ず紹介したいのは、その農業経営に対する姿勢、哲学であり、大変素晴らしいものがある。A法人がここまで発展し得た最大の要因ではないかと思う。
A法人は、企業理念として「よろこばれる」ということを掲げている。社長は、従業員にも同じ気持ちで、同じ方向を向いて会社の業務に取り組んでもらいたいという意味を込めて掲げたということであったが、この単純な単語には、いろいろな意味が含まれていると感じる。
なんといっても、客に喜んでもらう、客の立場に立って商品を提供するということである。これは、もの作り、ものを売る商売の基本であるが、何故か飽食の時代を迎えてからも、わが国農業は、長いことその単純なことを実践してこなかったし、今でも売るのは市場の責任と考えている農家が多い。
それはともかく、社長の話からは、「よろこばれる」には、直接商品に接する消費者に対するだけではなく、地域社会を含め会社に関係する者すべての者にも喜んでもらえるように、農産物を生産し、製品を提供するということも含まれていることが窺われ、企業の社会的存在理由を真正面から問いかけるものとして心に響くものがあった。大企業から中小零細企業まで競争原理に毒され、儲け第一で、客も周囲も顧みない企業活動が横行する昨今の風潮の中で、A法人にさわやかさを感じるのは筆者だけであろうか。
商売の原点はリピーターをいかに増やすかにありとも言われる。リピーターとなる理由は、人それぞれであろうが、突き詰めると売る人が信用できるかどうかではないだろうか。あの人が作る物なら間違いはない、値段も妥当だなど、その信用は、一つ一つの小さな努力の積み重ねの結果である。それだけに一朝一夕にできるものではなく、会長、社長をはじめとする家族、従業員の数十年にわたる努力なくしてはなしえない。また、逆に一寸した不始末が、それまでの積み重ねを水泡に帰すこともあるので、信用を維持する努力も並大抵ではない。特に農業の場合、土地を動かすことができず、また水も地域の人と共同して利用しなければならないだけに、地域での様々な人達との関わり方は、都市以上に厳しいものがあると想像される。
このことに関連し、若干話が逸れるが、社長は話の中で、中山間地域においてはいろいろな関わり方の人がいることが重要であると強調されていたのが印象的であった。中山間地域は一般的に大規模生産には向かない。一枚一枚の田畑が小さく、作業効率の悪いところが多い。しかし、例えば、農地には高低差があり、高低差を利用した農業展開が可能であるなど、多様な経営展開の可能性が高い。そうした多様性を念頭に置いた発言かと思われるが、それだけにいろいろな人との関わりの大切さを指摘したのであろう。農業以外の産業にも通じる経営の真髄を示すものではなかろうか。