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理事長の部屋:「米産業に未来はあるか」の「はじめに」

農政調査委員会ではこの度,標記の本を刊行しました。是非,購入をお願いします。

 2021(令和3)年は、米の生産調整が本格的に開始された1971年から50年目である。令和元年産より、米の生産数量の国による個人配分が廃止されたが、その実態は、多額な助成金による主食用米の生産抑制と価格維持政策が継続された。さらに、令和3年産では、需給ギャップを解消するために、生産抑制と価格維持政策が強化された。

今後も主食用米の需要減が加速するなかで、50年間(半世紀)継続してきた「生産抑制(調整)」と価格維持によって、米・水田農業の未来が展望できるだろうか?「未来を展望する」ためには、過去と現状を見つめ、総括し、将来に向けて戦略と政策を構築することが求められている。本書は、その材料を提示することを目的としている。

 現在の米の需給対策の特徴は「(飼料用米に誘導することによって)主食用米の価格を高く維持する政策に補助金を使うという納税者負担と消費者負担という二重の負担を国民に強いる政策」であり、したがって、「持続可能であると思えない」(本間正義『農業と経済』2015年9月)のである。

 平成30(2018)年産以降の米の需給調整も、飼料用米等への助成金を背景として「目安」の策定と「農水省によるキャラバンの派遣巡回」という一種の「運動」によって推進された。しかも、「市場歪曲型政策」により、米価はそれまでの趨勢から反転して上昇に転じ、同時に、主食用米の需要量は、減少幅が拡大し、需給ギャップが拡大した。

 令和3年産の対策は、多額な財政負担と「運動」の強化を通じて、「生産調整」より強化された。財政面では、水田フル活用予算は過去最大規模の3400億円(水田活用の直接支払交付金+前倒し支援等)であり、令和2年産と比べ350億円増である。さらに、道県に対しても助成金の上乗せを「要望」している。平成26(2014)年産以降、たびたび指摘されてきた「飼料用米にシフトすればする程、財政負担が増える」構造がより深化した。

キャラバンに加え、道県別「水田における需要に応じた生産・販売の推進に関する意見交換会」が実施され、「運動」がより強化された。さらに、自主的な「目安」の達成が事実上の「義務化」され、「目安」が未達成の農業再生協議会に対して、水田活用の直接支払交付金を一部減額するというペナルティが導入されている。

しかし、令和元/2年の主食用米の需要量は714万tであり、平成27/26年の783万tと比べ6年間で69万tの減、平成8/9年に比べると232万t、約25%の減である。今後も、人口減、高齢化の進展や食生活の変化により、主食用米需要が加速的に減少する。

飼料用米の作付面積は多額な助成金にもかかわらず平成29年産の9.2万haから令和2年産には7.1万haへ2.1万ha減となった。一つの要因は、「米価が低水準であったときには、飼料用米の生産に魅力があったが、現在のように高止まりしている状況下では飼料用米の魅力が相対的に低くなっている」(「米をめぐる課題への対応等について」の資料、農水省令和2年12月)である。この指摘は、飼料用米を中心とした対策の矛盾点を表現している。そこで、3年産では飼料用米に対する助成金を上乗せするとともに道県にも追加助成を要請し、飼料用米を軸に主食用米の生産を抑制し、価格維持政策を強化したのである。

この対策の延長線上のもとで、我が国の米・水田農業、米産業の未来を展望できるだろうか? 現在、米農業及び産業は、「ゆで蛙」状態にある。

「米農業・産業」の未来を展望し、戦略を構築するには、拙稿『農業と経済』2015年9月で指摘した通り「過去と現在」をみつめ、総括し,「高価格で所得を支える『守り』から世界を視野に入れた『攻め』(米需要の開拓・拡大)へ転換させることと及び同時に、セーフティネットの構築が必要である」

本書は、「米産業の未来」を考察する材料を提供することを目的として、識者、元政策担当者、米生産者、米流通・米加工メーカー、米輸出業者と様々な視点と立場からの政策の総括・現状分析・将来への提言であり、論考は多様で、統一的な見解を示す内容ではない。

4部と座談会の構成(目次参照)であり、各部の構成及び特徴的な見解を紹介する。

「第1部・米政策の現在地」は、識者、元政策担当者及び生産・流通業界から現在の需給調整の評価と稲作生産者の経営動向および生産調整への対応についての論考である。

現在の需給調整は、「従来型から市場原理への中間的、過渡的な性格」であり、補助金による経済的誘導措置と目安、キャラバンにより、生産抑制と価格維持を継続し、その結果、需給ギャップを拡大した。同時に、米単収の停滞を国際競争力の観点から是正が必要である(荒幡)。また、「大規模経営によって水田が担われる構造を確立し、転作助成金を拡張して水田維持支払いを創設して担い手と水田を支える形を目指すこと」である(安藤)。さらに、米価格維持が中食・外食業界へ打撃となっていることや生産者視点からの政府関与の必要性が指摘されている。

「第2部・昭和・平成の歩み」は「過去と現在を見つめ将来を展望」する提言である。①元政策担当者による証言、②マーケットインへの転換によって優良産地へ転換した北海道の歩みと展望、③米菓やパックご飯の市場拡大及び米卸の海外事業展開について業界のトップの戦略と事業展開からなる。

「過去と現在を見つめて将来を展望する」では,「食管制度のDNAからの脱皮する」とともに「米産業になるための共通認識の醸成」(高木)及び「実質的な減反強化にあたる数量ベースの調整から指標価格に基づく調整への転換」や「農業経営の安定のためのセーフティネットを含む抜本的な見直し」(武本)等の様々な貴重な証言や提言がある。

北海道米50年の歩み及び米菓、パックご飯の事業展開は、マーケットインの重要性がそれぞれの視点から指摘されている。

「第3部・令和の展望:経営編」は、稲作生産者と米流通業者からの需要の変化に対応した経営戦略である。数年で100haを超えた新規就農法人は、経営展開とともに、「稲作の未来は明るく」「未来を見据えた経営モデルはイタリアの稲作」と述べている。中山間地の法人は、農業と地域との調和をめざし、中核的な法人を核とした法人間連携を推進している。

米卸及び流通業者からは消費者と実需者ニーズへの変化に対応した経営戦略が示された。

共通した米に対する認識は,食味だけではなく「米のもつ良質なタンパク質や機能性に着目した需要拡大」具体的には「精米だけではなくパックご飯、外食産業、健康機能食品等の事業展開」である。米卸経営の視点からによる「アグリフードパリューチエーン」の構想(藤尾)がしめされている。今後は,価格維持から「消費を増やす」経営展開と需要拡大策について様々な提言がある。

第4部「令和の展望-需要創造編」では、①有識者による市場分析、②パックご飯、米粉、アルファー米、グルテンフリー、米及び米加工品等の新規需要拡大の現状と戦略、③米と日本酒の輸出の現状と戦略である。

米の国内需要が大きく減少(たとえば「米を1日1回以上食べないと気がすまない」が43%に減少)し、価格競争が激化するなかで、米生産者や関係業者の疲弊する状況を脱却するには、新たな需要の創造とイノベーションが必要となる(折笠)。

新規需要(パックご飯、米粉、アルファー米、グルテンフリー等)の開拓・創造には、マーケットイン、グローバル視点からのアプローチとともに技術革新が不可欠であり、原料米の価格水準も課題となっている。諸条件が満たされるならば、国内だけではなく海外輸出が可能なことを各業者が指摘している。

さらに、米・米加工品の輸出の拡大・定着にもマーケットインが必要である。輸出先の食品に関する制度、食習慣、ニーズ等の市場調査に基づいた米の品質、価格、供給体制の構築や、業務用米、パックご飯等に焦点を充てた市場改革である。日本の米は「高品質だから売れる」とか「家庭用精米重点主義」という安易な取り組みからの脱皮が必要となっている。また、東アジア、日本、カリフォニアは潜在的には一つの米市場圏という視点から需要拡大の戦略を考慮すべきという指摘もある(西川)。

第5部は、生源寺眞一、針原寿朗、坪谷利之、西川邦夫(司会)各氏による「歴史、現在をみつめ(米産業の)展望を描く」座談会である。座談会は、針原氏、坪谷氏のよる提言を踏まえ、⑴現状の米政策をどう捉えるか⑵現状の問題点を踏まえて今後の政策、制度の在り方⑶主食用の需要減が加速化の要因⑷グローバルの視点と新規需要の拡大方策⑸米産業に未来があるかの5つの論点について活発な議論が展開された。

最後に、本書が座談会でも指摘されたように,昔の蚕糸業のように衰退しないようにしないように,米産業が100年後も続き、誇りをもてるような「日本の米・水田農業・米産業の明るい「未来」にいささかでも貢献できれば幸甚である。

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