のびゆく農業:No.1053:米日貿易協定の「第1段階」:農業
・米日貿易協定の「第1段階」:農業
■発行:2021年6月1日
■解題・翻訳:西川 邦夫(茨城大学)
■対象:日本・米国
■ページ数:31p.
■在庫:あり
■目次:
- 解題
- 米日貿易協定の「第1段階」:農業
- 概要
- はじめに
- 米日貿易協定の農業条項
- 日本が締結している他の貿易協定とアメリカの輸出との関係
- 市場アクセス:JEEPA及びCPTPPとの比較
- アメリカ農業にとって重要な市場である日本
- 連邦議会にとっての課題
■解題より:
本稿は,Anita Regmi, “Stage one” U.S.-Japan Agreement: agriculture, CRS Re-port, R46576,の日本語訳である。連邦議会調査局(Congressional Research Service; CRS)は,連邦議会議員に対して政策立案のために必要な情報を分析・提供することを任務としている。様々な政策課題を取り上げ,シリーズとして発行されているのがCRS Reportである。超党派的な立場から情報を分析し,特定の政治的立場を主張するものではない。
Regmi論文は,2020年1月に発効した日米貿易協定(U.S.-Japan Trade Agreements; USJTA)の農業分野に焦点を当てて検討したものである。同協定の全体像の検討は,同じCRS ReportのWilliams et al. (2019) で行われている。同論文は,内田(2020)で日本語に翻訳されている。本稿の読者はそれらも参照することで,同協定をアメリカの政策担当者がどのように考えているのか,その一端を知ることができる。
…〔中略〕…
ここで,翻訳したRegmi論文の概要を簡単に整理しておく。同論文では,日米貿易協定で合意されたアメリカ産農産物に対する日本の関税削減,関税割当の拡大といった成果を単に解説するだけでなく,日本が同時期に締結した包括的貿易協定であるCPTPPとJEEPAとの比較に重点が置かれている。
同論文では,両協定の加盟国と比べて,アメリカの農産物輸出業者は日本市場において不利な立場に置かれる可能性があることが指摘される。その理由は,第1にCPTPP加盟国に対して認められているがアメリカに対しては認められていない,大麦と麦芽以外の大麦調製品,バター,脱脂粉乳とその他粉乳,砂糖等に対する関税割当が存在するためである。第2に,日米貿易協定ではCPTPPとJEEPAで定められている非関税障壁に関する条項が欠けているためである。同論文で挙げられているのは,農業バイオテクノロジーに対する規制,地理的表示,衛生植物検疫措置,技術的貿易障壁である。いずれもアメリカがEU等と対立している問題であり,日本が両協定の加盟国の制度に自らの規制措置を調和させることで,アメリカの輸出業者が不利益を被ることが懸念された。
また,日本がCPTPPとJEEPAを発効させたことにより,アメリカ産農産物は日本市場における競争力を低下させたことも指摘されている。2019年に日本は中国に抜かれて,アメリカ産農産物にとって4番目の輸出市場に転落した。18年から19年にかけて,小麦はドイツ,ブルガリア,ルーマニアからの,豚肉はドイツ,メキシコ,スペイン,オランダからの輸入が増加した。牛肉はカナダ,ニュージーランド,メキシコからの輸入が増加した。一方で,いずれの農産物もアメリカからの輸入が減少した。
トランプ政権の日米貿易協定に対する交渉アプローチ(大統領令による発効,交渉の段階的アプローチ―訳者―)は,アメリカの通商政策の転換を象徴している。同論文では,その様な転換が自らに憲法上与えられた権限に沿うものであるか,連邦議会は検討する必要があることを指摘している。日米貿易協定がアメリカ経済に与える影響,トランプ政権がとる段階的なアプローチがアメリカの交渉能力に与える影響について検討する必要がある。第2段階として予定されている交渉では,CPTPPやJEEPAと同様なより包括的な協定が締結される必要がある。また,日米貿易協定の対象範囲が限定的であることが,WTO協定以外の協定を締結する際に求められる,「実質的に全ての貿易」を対象にする必要があることに抵触するかどうか,多くの関係者や関係国から疑念を持たれていることを指摘している。