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のびゆく農業:No.1061-1062:新ミレニアムにおける米国のコメ生産―構造変化・実践・コスト―

・新ミレニアムにおける米国のコメ生産―構造変化・実践・コスト―


■発行:2024年1月31日

■解題・翻訳:三石 誠司(宮城大学)

■対象:米国

■ページ数:78p.

■在庫:あり

■目次:

解題
新ミレニアムにおける米国のコメ生産:構造変化・実践・コスト
 イントロダクション
 米国のコメ農場
 構造変化
 生産コスト
 構造と生産性変化のインプリケーション
 結論

■解題より:

 本稿は,2018 年 12 月に米国農務省経済調査局が公表した報告書「U.S. Rice Production in the New Millennium: Changes in Structure, Practices, and Costs」の全訳である.作成者は,William D.McBride,Sharon Raszap Skorbiansky, Nathan Childs であり,農務省経済調査局 Economic Information Bulletin 202 号として,インターネットで全 文が 公開 され てい る(2023 年 12 月 29 日時点の アド レス は ,https://www.ers.usda.gov/webdocs/publications/90926/eib-202.pdf?v=9679.6 である).
 公表直後に内容を確認して強く関心を持ったものの,諸般の事情から訳出までに長い時間が経過したことを最初に深くお詫びしておきたい.遅れは全て訳者本人の事情によるものである.

*

 報告書の公表以降,現在までの間に世界は極めて大きな試練を経験した.2020年 1 月以降の Covid-19,そして 2022 年 2 月のロシアによるウクライナ侵攻である.
 とくに後者については小麦・トウモロコシ・ヒマワリ油などの大産地であるウクライナの平和とそれに伴う物流が損なわれたことにより,侵攻から 2 年近くを経過した今日でも影響が継続している.むしろ,実生活面ではより厳しくなっていると言えるであろう.
 当初は,ウクライナから穀物を輸入していた国々が直接的な危機に直面した.
次に,これらの国々が他産地からの代替輸入を求めたことにより,緊急的に発生した数多くの新規貿易取引と,それに伴う海上・陸上輸送への影響が生じた.さらに,安全な貿易取引や輸送に対するリスク回避という観点から保険についても影響が生じた.最後に日本を含めた各国において消費者レベルでの食品価格への影響という形が現在でも継続している.
 こうした事態を受けて,日本国内では急速に食料安全保障に対する議論が拡大した.率直に言えば今更感が無きにしもあらずだが,事は日本の国民全てに直接・間接で大きく影響する内容である.一時的流行りとしての食料安全保障ではなく,中長期的な国民の食の確保という観点からこの問題を正面から考えることが必要である.では,その対象として何を考えるべきか.品目的に見れば,わが国の食生活において国内で自給が可能なコメの検討は最優先かつ不可欠である.当然と言えば当然だが,物事はそれほど簡単ではない.

 穀物の世界では欧米各国の食生活に不可欠な小麦や,家畜飼料および工業原材料(エタノールなど)としてのトウモロコシなどと比較した場合,明らかにコメのウエイトは低い.東アジア各国を中心とし精米ベースでみた場合,世界で年間5 億トン以上を生産しているにもかかわらず…,である.それは元々コメの消費が生産地中心で行われていたからである. 

さて,我が国では,いわゆる食生活の欧米化により,コメから取得する熱量は過去半世紀でほぼ半減している.一人当たりの年間供給粗食料もコメは今や1俵(約 60kg)にすら及ばない.そして,どうも近年の我が国では人口減少・少子高齢化の流れの中であらゆる分野において市場縮小感が強い.
 一方,世界では人口が継続して増加し,食料の一翼を担うコメの需要も増加している.詳細は割愛するが,コメの貿易量は既に年間 5,000 万トン水準を超え,過去 5 年間で 1,000 万トン以上拡大している.言い方を変えれば,世界ではわが国の年間生産量を上回る新たなコメ市場が出来ているということになる.
 コメは,小麦やトウモロコシ,大豆などに比べれば数は少ないが,今や急成長している戦略的貿易商品と考えた方が良い.残念ながら日本人の多くはこうした点には疎い.パンや食肉を食べることができればコメは減少しても仕方がない…と認識していないだろうか.ウクライナの悲劇をきっかけに自分達が必要な食料は自分達で確保するという意識が復活すること,そして日本以外で生じているコメの変化に目が向けば何よりである.

* *

 本報告書は米国のコメ産業を長期的な視点から包括的に分析している.実は我が国でも米国産のコメについては 30 年ほど前の 1990 年代に国を挙げて大論争が行われた.UR 合意において年間約 70 万トン水準の米国産米を輸入することで決着して以降,本報告書が述べているとおり,関係が安定しているため米国産のコメに対する論考は激減している.
 しかしながら,世界のコメ貿易は着々と拡大している.本報告書では 2000 年から 2013 年までの米国農務省の調査をもとに,この期間に米国のコメ生産がいかなる変化を遂げたかが数値で示されている.米国産のコメと言えば,カリフォルニア米のイメージが強い方は,是非とも目を通して頂ければと思う.激変と言
ってよい変化が生じている.以下,簡単にポイントを記してみたい.


 ・地域により差はあるものの,米国のコメ生産は 2000 年以降,農場規模が拡大している点は他の多くの作物と同様である.しかし,「調査対象の全期間を通じて,平均リターンがプラスになるのは7つの作物のうち,コメと大豆のみである」という点に注目したい.コメ生産は「特定の農業要件」,つまり制約条件があるものの「収益性が高い」,これが結論である.要は,コメ生産は儲かると述べているに等しい.だからこそ伸びているのである.
 ・コメ生産農家の高齢化が進展している.一方,高学歴化も進展している.大卒のコメ生産者の割合は全米で 36%という結果が記されている.伸びているコメ産業を支えているのは従来型の生産者に加え,最先端の知識と技術を習得した高学歴農家でもあることを示している.
 ・制約条件が存在する中で収益性を高めるためには,各種技術による生産性の向上と費用の低減が不可欠である.前者は,ハイブリッド米と除草剤耐性米の普及,後者は精密農業の普及である.なお,ここで述べられている除草剤耐性米とは,遺伝子組換え米ではなく従来型の品種改良によるものである点にも注意した
い.精密農業に関しては,とくに,単収モニターと単収地図,ガイダンス・システムによる効率的な施肥,そして意思決定における農業コンサルタントなどの活用など幅広い.良くも悪くも,米国のコメ生産は他の作物,そして他産業での従来型成功モデルである大量生産スタイルを依然として追求している.
 ・作られたコメは,国内利用だけでなく,籾,玄米,精米と,相手先のニーズにより輸出用を分けている.ちなみに米国は世界のコメ生産に占める割合よりも世界のコメ貿易に占める割合の方が遥かに高い.


* * *

 最後に,わが国に参考になると考えられる点を私見としていくつか記しておきたい.
 第1に,日本のコメは戦略上の位置づけ(ポジショニング)を再検討するタイミングに来ているのかもしれない.自国内消費中心に加え,戦略的輸出商品のひとつとして明確に位置付ければ,今以上に輸出相手先のニーズを考えることになる.例えば,相手先により自国の精米産業を保護するために籾での輸入を希望す
る国もある.実際,籾での輸出は米国には好都合であり,双方の要求を調整し,うまく継続している.当たり前のことだが顧客のニーズに合わせるという基本を確実に押さえられるかどうかである.「日本のコメは美味しい」だけでは,プロダクト・アウトのままである.
 また,コメは単なる輸出商品ではなく“戦略的”輸出商品とした意味は,食料安全保障との関係で,国内外いずれにも状況に応じて活用可能な幅を備える商品という意味であることを押さえておく必要がある.
 第2に,生産・加工・販売の全てにおいて国内だけでなく,世界のニーズと最先端の技術を確実に把握し,そこに焦点を合わせたコメ生産の形があっても良い.
ハイブリッド米や除草剤耐性米の活用の事例はそれを伝えている.精密農業技術の積極的導入は,高齢化と人手不足の一助になろう.本報告書が述べているガイダンス・システムなるものの詳細は不案内だが,普及率は 2000 年がほぼゼロ,2013 年が 50%以上と記されているため,直近の数字ははるかに高い可能性がある.米国のコメ生産が大きく変化していることの証であろう.さらに,わが国では余り普及していないが,付加価値を高める方法のひとつとしてパーボイルド・ライスについても若干の言及がなされている.「日本では売れない」のではなく,ここでも相手先が必要な形をいかに考えるか,が決め手となる.
 第3に,中長期的に見た場合,是非は別として,米国はコメ生産において規模の経済を追求する方式を今後も継続するようだ.カリフォルニアは既に頭打ちの傾向が生じているが,南部ではまだこの方式が当面は効果があると見られている.しかし,それもいずれは行き詰るし,それより前に新たな脅威として南米やアジ
アとの競争になることは認識している.輸出面では日本がその一角に食い込めるかどうか,そして仮に米国が南米などに市場で劣位に立たされた場合の行動を想定しておく必要があるかもしれない.
 最後に第4として,生産性向上と消費者価格の関係がある.報告書には米国のコメの場合,生産コストが 10%低下し,その全てが小売価格に転嫁されても小売価格は 1.7%しか下がらないと記されている(原文 37 頁,翻訳 58 頁).国の違い,流通や市場の違い等はあるが,フードシステムが巨大化すればするほど,こうし
た傾向は強くなる.言い換えれば,コメに限らず,消費者価格が競争力を発揮するためには,生産者価格以上にその後のフードシステムの各関係者(加工・流通・輸送・小売)の影響が大きいということに他ならない.わが国の農業・食品産業関係者がしかと肝に銘じておくべきことであろう.

 

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