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No.1067:東南アジアにおける出稼ぎ農業労働者問題 ―タイとマレーシアの事例から―

・東南アジアにおける出稼ぎ農業労働者問題―タイとマレーシアの事例から―


■発行:2025年3月31日

■解題・翻訳:安藤 光義(東京大学)

■ページ数:52p.

■在庫:あり

■目次:

解題
気候変動、移民労働者、人権:東南アジアにおける事業のための洞察
気候変動、労働力移動、タイにおけるサトウキビ生産:レジリエントな未来に向けて
気候変動、マレーシアにおける移民労働者とパーム油生産:レジリエントな未来に向けて

 

■解題より:

 日本では園芸や畜産を中心に外国人労働力の導入が進んでおり、彼らの存在がなければ日本農業は成り立たないとまで言われる状況になっている。わが国は単純労働力の受け入れは行わないことになっているが、それはあくまで建前にすぎず、実際には外国人技能実習制度によって多くの外国人が単純労働力として入国している。技能移転を通じて国際貢献を目的としている技能実習制度がそれにあたる。公的な制度ではあるが、現代版奴隷制度という批判を受けるなど、実際の運用ではさまざまな問題が発生していた[1]

 これに代わって創設されたのが、人手不足分野における人材の育成・確保を目的とすることを明記した育成就労制度である。育成就労期間を終了すると特定技能制度への移行が可能となり、特定技能2号になれば日本への永住資格も取得できるようになる。ある意味、日本への移民への公的な道が開かれたと言えるかもしれない。

 この点はともかく、公的な制度に基づく出稼ぎ労働者であったとしても様々な問題が生じている以上、これが非正規だとすると問題はそれどころではないだろう。四方を海に囲まれていえる日本では、非正規移民が国境を越えて大量にやってくることはないが、技能実習生として入国し、帰国せずに在留期間が切れて非正規化した外国人は国による労働法制上の保護を受けることは困難であり、酷い状況に置かれているのではないだろうか。

 一方、近年目立つのは日本人の海外出稼ぎである[2]。だが、ワーキングホリデーで豪州に働きに行った日本人の現地での実態については賃金未払い、セクシャルハラスメントやパワーハラスメントにあってもやめることができないといった問題が報告されている[3]。地域に頼りになるネットワークが全くなく、公的な支援もないような状況では、たとえ国内での出稼ぎであったとしてもこうした問題は発生しやすく、言葉も不自由な外国人であればなおのことであろう。

 

 出稼ぎ労働者の人権侵害、搾取、ハラスメントは世界各国で発生している。ここで紹介するのは東南アジアにおける状況であり、国際移住機関とストックホルム環境研究所が共同で行ったタイのサトウキビ農園とマレーシアのパーム油農園についての調査結果[4]とそこから導きされる政策提言の3本報告書である。後に掲載した翻訳は政策提言「気候変動、移民労働者、人権:東南アジアにおける事業のための洞察Climate Change, Migrant Workers and Human Rights: Insights For Businesses㏌ South-East Asia」、タイの調査結果「気候変動、労働力移動、タイにおけるサトウキビ生産:レジリエントな未来に向けてClimate Change, Labour Migration and Sugarcane Production㏌Thailand: Towards a More Resilient Future」、マレーシアの調査結果「気候変動、マレーシアにおける移民労働者とパーム油生産:レジリエントな未来に向けてClimate Change, Labour Migration and Palm Oil Production㏌Malaysia: Towards a More Resilient Future」という順になっている。

 タイは海外に出稼ぎ労働者を送り出しているというイメージがあるが、実際は二重経済構造であり、近隣諸国から多くの労働力が流入している。国境を接するカンボジア、ラオス、ミャンマーの3ヶ国だけで200万人を超える労働者がタイ国内に働きにやって来ており、農業、漁業、建設業を支え、家事労働者となっているとのことである[5]

 訳出した報告書で特徴的なのが気候変動によって発生した災害が移住労働の引き金の1つとなっている点である。出稼ぎ労働者による送金は母国に残された家族のレジリエンスを高めることに寄与するのは確かだが、家族の別離や子供の教育の問題を考えると場合によってはマイナス面の方が大きいかもしれない。これはかつての日本国内の出稼ぎ労働者が直面していた問題と重なるところがあるように思う。

 

 詳細は訳文を読んでいただくことにして、ここでは訳者が興味を引いた点を引用しておきたい。いずれも各報告書の最初にある「重要なメッセージ」からのものである。

・出稼ぎ労働者は家族を連れてくることが多いが、これは母国に子どもの面倒をみてくれる人がいないためである。タイでは、出稼ぎ労働者の子どもたちは教育面で多くの障壁に直面している。今回の調査中でサトウキビのプランテーション農園における児童労働の存在を確認している。

・サトウキビ農園で雇用されている移民労働者は、不安定な環境で暮らし、働いており、非常に弱い立場に置かれている。適切な書類を所持していない場合は特にそうである。彼らの仕事は危険で、最低賃金を大幅に下回り長時間労働となりかねない。低賃金や搾取や虐待に対して抗する手段もない。現地査察は行われているが、そうした問題がどの程度発生しているかを特定するまでには至っていないようである。

・サトウキビ農園で働く移民労働者の低い賃金水準と労働条件を考えると、十分に働いてお金を稼ぎ、社会経済状況を改善したり、出身地における気候変動への対応力を強化するための投資を行ったりすることは難しい

・移民労働者のパーム油農園内での生活は社会的に孤立したものであり、職場だけでなく警察を含むより広範な地域社会からの差別や虐待に直面していると話していた。女性の移民労働者はハラスメントやジェンダーに基づく暴力に非常に脆弱であるだけでなく、妊娠や結婚をした場合には国外追放の対象となっている。

・移民労働者は出身国に多額の送金ができるほどの収入を得ており、家族だけでなく広く地元コミュニティに対して利益をもたらしている。多くの移民労働者は帰国後、起業あるいは自然資源に依存しない生計を立てるのに有利な立場にあると考えている。この意味で、出稼ぎ労働は彼らの脆弱性を軽減し、気候変動に対するレジリエンスの構築に役立っている。

・しかし、長期間にわたる家族との別居、社会的な孤立、差別やハラスメントの経験、搾取的な採用などは、こうした利益を台無しにしてしまう。環境的な危険や職場での虐待だけでなく、男女格差に対処することも重要である。

[1] こうした批判はアメリカ国務省の「人身取引報告書」に依拠したものが多いが、経済協力開発機構OECDから最近出された報告書では異なる評価がされている。「報告書の執筆に当たった一人であるジョナサン・シャロフ氏から「現代の奴隷制」とも表現されるアメリカ国務省による技能実習制度への厳しい評価について「改善の余地はあるが、『人身取引』という批判は当たらないという発言があったとともに、外国人技能実習機構、監理団体といった重層的な管理監督体制は他の国に例を見ないものであり、こうした支援の仕組み自体は「育成就労」の導入後も「維持すべきだ」との評価を得た」(経済協力開発機構(OECD)編著=是川夕/江場日菜子訳『日本の移住労働者-OECD労働移民政策レビュー:日本-』明石書店(2024)、284頁)。

[2] 朝日新聞「わたしが日本を出た理由」取材班『ルポ若者流出』朝日新書(2024)などを参照されたい。

[3] 大石奈々『流出する日本人-海外移住の光と影』中公新書(2024)。

[4] このうちマレーシアの調査報告書については次の文献によって紹介されている。岩佐和幸「労働力供給の視点から検討する“持続可能なパーム油”の行方-マレーシアにおける最新事情-」『農業と経済』2024年春号、92-103頁。

[5] 松本邦愛「タイの二重経済構造と近隣諸国からの労働力流入」トラン・ヴァン・トゥ/松本邦愛/ド・マン・ホーン編著『東アジア経済と労働移動』文眞堂(2015)、15-31頁。

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