（3）食料自給率の目標設定とその意義

　食料自給率」という言葉が法律用語として初見されるのは平成11年7月に公布された新基本法である。その後いくつかの法律で「食料自給率の向上」という言葉が使われているが、食料自給率とは何かという定義規定は置かれていない。自明の言葉であるということなのであろう。

　では、新基本法で食料自給率はどのように取り扱われているのか。同法第15条第2項で、食料・農業・農村基本計画（以下「基本計画」という。）に定めるべき事項の一つとして「食料自給率の目標」を掲げ、同条第3項において「…食料自給率の目標は、その向上を図ることを旨とし、国内の農業生産及び食料消費に関する指針として、農業者その他の関係者が取り組むべき課題を明らかにして定めるものとする」とする。

　このように新基本法に食料自給率の目標が掲げられたが、その背景には前述の食料自給率をめぐる現状認識があったことは間違いない。しかし、こうした現状認識があったとしても、それが必ずしも直接食料自給率の目標設定に結び付くものでないことは言うまでもない。では何故、食料の安定供給確保のために、食料自給率の目標が規定されるようになったのか、新基本法の制定にかかわった基本問題調査会での議論を振り返ってみたい。

　基本問題調査会では、食料自給率の問題についてかなりの時間を割いて様々な視点から様々な議論が行なわれている。ここでは結論的な部分に絞って紹介するにとどめるが、食料自給率の取扱い、特にそれを政策目標として位置付けるべきか否かについては意見が二分されていた。

　政策目標とすべきであるとする委員は、「食料自給率が先進国中で極めて低いものとなっている。食料はできる限り国内で作る方が良いと考える人が８割以上を占めるという世論調査の結果も踏まえ、食料自給率の向上を図るべきである。」「食料自給率は分かりやすいので、政策目標につき国民合意を得やすい。」（平成10年2月基本問題調査会提出資料「新しい食料・農業・農村政策を考えるために－食料・農業・農村基本問題調査会中間とりまとめの概要－」ほか）と論じる。

　これに対し、政策目標とすることに反対する委員の意見は、「食料自給率は、主に消費変化によって低下してきたものであり、行政が介入することは困難である。」「食料自給率は国内生産力を示す客観的な指標ではない。むしろ食料供給力の維持のための政策体系が重要である。」（同前資料）とする。

　それぞれ外形的にはもっともと考えられる主張であるが、結果としては多数を占めた賛成派の意見が取り入れられ、その趣旨を踏まえて新基本法に食料自給率に関する規定が置かれることになった。

　具体的には、前述のとおりであるが、新基本法第2条第2項で「世界の食料の需給及び不安定な要素を有していることにかんがみ、国内の農業生産の増大を図ることを基本とし、これと輸入及び備蓄とを適切に組み合わせて行わなければならない」としたうえで、同条第3項で「食料の供給は、高度化し、かつ、多様化する国民の需要に即して行われなければならない」と規定し、食料自給率の目標を掲げた目的、ねらいを一応示している。しかし、ここでもなお、それが食料自給率でなければならなかったのかまでは明確でない。