改めて指摘するまでもなく、60年ないし65年という時代、特に60年は安保闘争で世上騒然としていた時でもあるが、なお戦後の食料不足が色濃く、外食店の主流をなしていたのはいわゆる外食券（米の配給券）食堂といわれていた店である。コメは当時配給制になっており、このため家庭外でコメの飯を食べようとすれば、現物のコメを持参するか、配給切符である外食券を持参しなければならなかった。米の配給制度は形式的には81年（昭和56年）まで続く（外食券は69年（昭和44年）に廃止）が、60年頃になるとその外食券を持たなくても米の飯を食べさせてくれる店がかなり増えてきた時である。まだ統制経済の最中で外貨の規制は極めて厳しく、食料輸入はままならない時代である。摂取カロリーそのものが十分でないうえに、その7割近くを穀類に依存し（農林水産省「食料需給表」参照）、一般国民にとって肉類、鶏卵、牛乳・乳製品の摂取はあこがれの的であった。一方、食料供給を担う農家はといえば、国民の負託に応えるため必死に食料増産にまい進していた。

　65年になると前年に東京オリンピックが開かれたということもあり、統制経済色はかなり薄まる。食生活もかなり豊かになるが、それでも摂取カロリーベースで食料問題が基本的に解決されたとされるのは73年3月に当時の厚生省が公表した「国民栄養の現状」においてである。しかし、栄養バランスのうえではなお問題があるとしていた。栄養バランスからもほぼ問題がなくなったとされたのは75～80年頃で、我が国では飽食の時代といわれるようになる一方、肥満問題を抱えていた米国から米国議会報告として日本人の食事が高く評価されているとの情報が日本でも駆け巡り、その頃日本が世界一の長寿国となったこともあり、「日本型食生活」に注目が集まり始めていた時である。特に栄養バランスを見るときの指標であるＰ（蛋白質）Ｆ（脂肪）Ｃ（炭水化物）比率が注目され、理想的な姿に近づいて現われてきた時代である。ただここで注意を要するのは、あらゆる面で世界のトップを走る米国では、長いこと飽食の生活が続く中で肥満が大きな社会問題となってきた中での「望ましいＰＦＣ比率」への改善であるのに対し、日本の場合は、食料不足からの脱却の過程で結果的に現われた「望ましいPFC比率」であったということである。

　それは兎も角、農林水産省の説明が60年ないし65年を起点としていることを好意的に解釈するとすれば、61年（昭和36年）に農業基本法が制定されたということか、食料需給表が作られてそれに基づき総合食料自給率が計算されるようになったのが60年（飼料自給率の場合には65年）からということか、それ以上の特別な意味はないということであるが、そうであるとすれば少なくとも資料にそれなりの注があって然るべきではなかろうか。

　数字は時に一人歩きする。60年ないし65年の数値を見た人は、日本も努力次第で自給率を向上させる余地がるのではないか、あるいは60年ないし65年の状況（生産、食生活特に食の水準）が目標なのかとの先入観を持たせかねない。

　政府の職員や国の審議会・研究会等の関係者は、常に国民の幸福を考えて仕事をしているものと信じたいが、そうした自覚があるのであれば、食料自給率の基準とすべき年次は、先に見たように摂取エネルギー面からも栄養バランス面からも問題がなくなり、PFC比率が理想に近いといわれた80年、一歩譲っても摂取エネルギーに問題がなくなったといわれた73年とすべきではないかと考える。しかし、残念ながら関係資料の作成に当たった事務方はもとより、基本問題調査会やその後の審議会でもそうした指摘は全く行われていない。